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平成最後の大晦日にボヘミアンラプソディーを聴く

平成最後の大晦日

感無量になったので、思い出話で締めちゃいます。

 

平成最後の大晦日に昭和を想う

 

5年前、平成25年に昭和ヒトケタ生まれの父が他界し、平成ヒトケタ生まれの息子が大学を卒業しました。 今は技術者として働いています。

昭和生まれの父は頑固な自営業者で公共交通機関を使わない人でした。

その為、乗用車の他、仕事用のトラックも複数台あった為、私は子供の頃から移動はいつも車でした。 反して息子は車の免許を取っても、乗用車を購入することもなく、父が亡くなるのと同時に車も家から消えてなくなりました。

これが、昭和と平成のライフスタイルの違いかなっと思った次第です。

 

私自身も、結婚、離職、離婚、再就職、転職、独立等、激動の30年でした。

母子家庭で子育てをしていた会社員時代、朝7時半から子供を保育所に預け、片道一時間半をかけて通勤し、毎週の中部地方、毎月の関東地方、年1~2回の海外出張をこなせたのは、両親は勿論、近所の皆さま、会社の皆さま、その他、色々な方々の手助けのおかげだったと感謝しています。

 

平成があまりにも激動だった為、完全に昭和の日々を忘れていました。

そんな私に昭和を思い出させてくれたのが、映画「ボヘミアンラプソディー」です。

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中学生の頃、キラークイーンという曲が好きでした。

 

高校生の頃、雑誌「ミュージックライフ」を見ると、ほとんど毎号いつも、クイーン、エアロスミス、キッスの記事が載っていました。 昭和50年代前半は、まだ、MTVも放映されておらず、洋楽を楽しむ方法は限られていました。 当時の私にとって、海外アーティストの動画を観る唯一の方法は、ポップス・イン・ピクチャーという番組でした。  (昭和50年代後半だったでしょうか... ソニー・ミュージックTVが放映されるようになると状況も変わりました。)

 

昭和55年頃、大阪の梅田に「キューピッド」という喫茶店があったのを覚えています。 そこに行けば、大きなスクリーンで海外アーティストの動画が観れました。 

今思えば、海外で録画した音楽番組のビデオを流してくれていたのだと思います。

 

昭和50年代中盤以降は英国のパンクミュージックに傾倒していった為、私がクイーンの音楽を最も聴いていたのは、ボヘミアンラプソディーがヒットした頃でした。

でも、時代がピッタリ合ってしまったのでしょうね。 映画で昭和60年のバンド・エイド (ライブ・エイド)のシーンを見て、当時の出来事が走馬灯のように頭をよぎりました。

恐らく、60代後半以上の年齢の方なら、大規模ライブというと、昭和44年のウッドストックへの思い入れの方が強いかと思います。

そういう意味では、50代半ばの視聴者にとって、「ど真ん中」の映画でした。

 

余談ですが、会社員だった頃、当時働いていた会社の社長が「俺が死んだら、葬式でジョン・レノンのイマジンを流してくれ。」と言ったことがあります。

いつだったかは忘れましたが、平成前期の忘年会でした。

会社を去って随分経ちますので、もう忘れておられると思いますが、その時、とっさに私が返したのは、「その代わり、私が先に死んだらボヘミアンラプソディーを流してください。」という言葉でした。

 

 

明日から始まる平成最後の年が、良い年となりますように...

 

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